無人通信

森のほねほねさんから無人通信

無人通信 10

さあ どこへいこう なにをしよう
ぼくたちは
息をしよう 
そのあとで 
どこへいこう なにをしよう

毎夜アルコールとちのなかをぐらぐらおよぐあいだに、ビデオボックスやネットカフェのべたつく個室で、ぼくは食ったものをどうかして吐くように精子を尽くそうとする。くたびれなければ、くたびれなければ、ぼくはぼくから逃れられない。
すべてのひとにはなたれ、またこれからはなたれる、すべてのひとの精子をぼくは忌み、だけれどすぐにあたまから食われて、窓をあける13階のひと部屋、ひとりまことにくらい遊泳をする。
10年もまえにつくった「きみ」という題名のうたに、

あいしてる
あいしてる?

とくりかえすところがあった。おれにはあたらしいことを書いた、と思った。勇気がいった、というほどぼくは繊細でも丁寧でもなかったけれど、それでも、避けてきたことをいうのにすこしくらいまよいはした。
このごろ「きみ」をうたうときには、といっても、ほとんどが平日のハナウタだけど、そのところと、ほかにいくつかの箇所をとばす。だから、ずいぶんちいさくなった。
たとえば本日は南浦和駅に、というように、どうだっていい知らない町にきて、夜はあるきまわって時間をつかう。坂道をおりてくる自転車にのったよそのわかい女が、そっぽをむいて歌をうたっていた。ぼくがみてもやめなかった。それで、ぼくも出がけにかんがえたみじかい歌をうたった。さあ、どこへいこう、なにをしよう、と。
このあいだMの子にあった。おまえ、いっしょうな、おれのことは知らないでいいぞ、と思った。それがほんとうのきもちかどうか、そういうことはもうわからない。
おれはおれから逃げることはできないんです。おもいがおもたくなって、ひとをおもうおもいがおもたくなって、みんな首にかけられたつもりで、ぼくは逃げることばかりをかんがえる。おれはちっとも病気じゃないからマシな治療ができない。
マンションとマンションのすきまの公園のベンチで、このいやな汗が生乾きになっていく。数日前、採血のあとではいった天丼やのカウンターでまったくものが食えなくなったとき、おれは店をでるための言い訳をあれやこれやとかんがえていたよな、そのときにじみでた汗が、これからのぼくのからだをえいえんにおおうんだぜ。いやだろ、いやだな、いやだよ、だけど、しょうがねえだろ、いまさらなにをいったってさ、どうにもなんねえだろ、だったら、黙っていろよ。
となりの席のおとことおんな、さっさとおりてくんねえかな、おまえらの話し声、うっとうしいからさ。

さあ どこへいこう なにをしよう
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